「やさしい日本語」で外国人患者さまや医療通訳の皆さま、病院の言葉が難しいと感じている方々と繋がっていきたいと考えている元看護師です。これから勉強するので、ぜひ皆様ご指導をお願いします。

by みっこ

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今回は、第9回放送から「阪神淡路大震災から生まれた『やさしい日本語』」の後半部分です。
音声はこちらから

岡山県県民生活部国際課のホームページにある
ラジオ放送「やさしい日本語講座」全20回
から
紹介しています。

この放送は、2014年11月から2015年3月まで
エフエム岡山「Fresh Morning Okayma」
放送されたものだそうです。

1回約15分です。

岡山県県民生活部国際課さまより、
音声ファイルの書き起こしと個人の非営利ブログ上の公開の
許可をいただきました。ありがとうございます。
(商用転用は不可です。皆様のご理解をお願いします。)


黒字は DJ森田恵子さん
赤字は ゲストの キム・チアキ(FMわぃわぃ)さん

では、どうぞ。

-----
海岸地域に ベルトコンベアの ところには、
ガスタンクが 沢山 ありますので、
消防が「避難!」「避難!」「避難!」って 大声で 言うんですけれども
海岸地域に そこは 地価が 安いですから、
沢山の 南米の 人達とか フィリピンの 人達が 住んでいると
かえって 避難ではなくて、家の 中に 閉じこもって しまう。
そういうことが 起こったのも 確かですね。

呼びかけが 逆効果に なってしまったっていうことも 起きていたわけですね。

自分の 安心な 場所っていうのが、
例えば 日本人に とっては、消防が 言う 所が 安全な 場所、
その 指示が 正しいと 思うけれども
日本語の わからない 人達にとっては、
安心な 所っていうのは、朝でしたから 自分の 家、
あるいは 自分の 友達っていうふうに
日本の 中の システムに 則らない 行動を とるなっていうのも
よくわかりました。

なるほどね。
認識が 全く 違うという ことですよね。
そういう中で、例えば 避難所に 集まった 外国籍の 方々というのは
避難所に 行けたことは 良かったかも しれませんが、
その中でも 随分と 情報を 入手するのに ご苦労なさったそうですね。

ええ。
これは、長田に 限って 言えば、
在日コリアンが 靴の町っていうので、たいへん 多かった。
で、彼らは 100年以上も 共に 住んでいるので
こういう場合は 近くの 小学校 あるいは 中学校に
避難するっていうのは、よく知っている。
それから また、そこに 行けば 自分たちの 登録っていうか 
「なにきょうじゅ?」には 誰々が 居るっていうのを 
学校の 先生が 「これに 書いてください」って 言われれば
日本語も 解るし 文字も 書けるので、それを 書くんですが
その時に「あ、自分は 外国人だ。」
もしかして、外国人だから 沢山の 人が 本当に いっぱい 集まっていますから
「日本人 優先っていうふうに 言われるのではないか。」というような
それぞれの いろんな 思いがあって、
普通は リーとか パクとか 隣の人も 韓国人って わかっていても
日本名 いわゆる 通名を 書いてしまい、
そうすると、そこに 在日コリアンの 近くにいる 大阪 あるいは
地震っていうのは ちょっと 地域を 外れると 
そんなに 被害が ありませんから
「あの人は どうしてる」と 思って やってきた 在日コリアンにとって
その 登録名を 見ても 日本人ばっかりで、
「あの人は どこに 行ったんか」っていうのが 
全く わからない状況に なったっていうことが ありました。

最初の 一歩である 登録をする、記入するという 時点で
色々な その人その人の 思いが 交錯して
結局 その 情報が お互いに 届きにくい 状況に 起きたっていうことですね。

そうです。だから、日本語が わかってても
日本語が 理解できて 字を 書けても、
そこに 「自分たちは 共に居る 人間で 
日本人と 同じように 権利を 優先されるんだ」っていう
その 意識が なければ、
言葉が わかる わからない 書けるっていうことだけでは ないんだ
その人の 安心感とか 共に居る 人間だっていうふうに 理解されないと
言葉っていうもの 文字っていうのは 通用しないんだっていうのが
FMわぃわぃが 外国語で 「ヨボセヨ」って 呼びかけて
「私は あなたのこと、ちゃんと 知ってますよ」っていう
外国語で するっていう その 最初の 始まりは
その 安心感、「あなたの ことを 心配していますよ」っていう
メッセージを 届けるための 情報発信として
FMわぃわぃが 生まれたということを お伝えしたいなと 思います。

FMわぃわぃが 当初 ボランティアから 始めた 放送というのは、
避難所で どんな ことを 放送を 繰り返していたんでしょうか?

まずは、「あなたを 探しています」「あなたは どうしてますか?」って
「ヨボセヨ」で 始まって、何時何分に 避難所の 入口で「ヨボセヨ」って
声を かけたら、手を あげて 出てきてくださいっていう
安否確認、その人を 確認するっていうこと。
それから「私達は、あなた達の 為に こういうものを 持ってきました」っていう
物資を 持ってきて、それを お渡しする。
すると、そこの 避難所の 中で、日本人から 日本人へっていうのは
人数的に 対等な 平均値ですけれども
マイノリティ 避難所の 中での マイノリティが もらう 支援物資っていうのは
すごい 沢山 あるんですよね。
すると 沢山の 物、自分は オムツは いらない、
そしたら 隣の 日本人の この子に 差し上げようというふうに
支援される 人間では なくって、今度は 分け与える 人にも なり、
それから ラジオの 情報で 様々な ものを 
自分が 入手した ところで、今度は こういうことが あるよ
こういう 支援が くるよっていうのを 隣の 人に
ラジオの 情報を お届けすることができ、
聞きたいことが あったら、この ラジオの 取材に 来た 人に 伝えたら
それを また ラジオで 答えてくれるよっていう 
ツールとしての ラジオっていうのを
地域の 中で 使えるもの、自分の 必要な 情報を 届けてくれるものとして
使えるっていうのを 在日コリアンから 
地域の 日本人にも 広げることが できるっていう 力
声の 力、情報の力っていうのを お伝えすることが できたと 思います。

なるほど。
実際にですね、いつ 地震が 起きるか わからないわけです。
そんな 時に 例えば 「避難してください」とか
「車を 左側に 寄せて 停車してください」などと
呼びかける 事が あります。
そういう 時には どんな 言葉で 日本語を 言い換えれば
わかりやすいと 思われますか?

もちろん、その人の 言語を 使うことが できれば 良いんですが、
そんなことは、災害時に できるとは 思えなくて
「にげましょう」ですね。

「にげましょう」

で、そして 指さすっていうのと、
それから、その人の 肩を 抱くっていうふうに
声では「にげましょう」

声では「にげましょう」
例えば、「停車してください」っていう時には?

「とまってください」

「車を 停めてください」とか「とまってください」っていうふうに
声だけの 場合は そうで。

そうですね。

目の前に 居る場合は、体に 触れながら 誘導してあげるとか
そういうことが。

そうですね。指さすっていうのも 必要だと 思います。
この 指さすっていうのは、
もしかして 耳の聞こえない方にも 伝わるっていうことかと 思いますし。

はい。
「やさしい日本語」と 共に、「やさしい行動」が 
共に 必要だということですね。

はい。

今朝は 神戸市 長田区に あります
多文化・多言語コミュニティ放送局 FMわぃわぃの
総合プロデューサー キム・チアキさんに 伺いました。

まもなく 阪神淡路大震災から 20年を 迎えます。
大災害の 時に 正しい 情報を 得るために 
また 伝えるために 何が 必要なのか
一人ひとりが 改めて 考えてみる 機会でも あります。

来週も キム・チアキさんに 伺います。

フレモ二 日本語講座「やさしい日本語」
岡山県が お送りしました。

-----
いかがでしたか?

在日コリアンの方々は、今も ヘイトスピーチなどに 苛まれ、
100年以上も 共に 暮らし、地域経済を 支える 住民で あるにも
かかわらず、悲しい 差別の 歴史が 避難所での 登録ひとつにも
現れたということ、とても 悲しく 「和を 大切にする 文化」を 
誇りとする 日本人として 残念で なりませんでした。

関東大震災の 後でも 在日コリアンの 方達が 虐殺されたりし、
とても 悲しい 歴史が 沢山 刻まれています。

こういうことを 書くだけで「反日」とか 言われるかもと 心配しなければ
いけないような 風潮さえ、現在の 日本には なんとも 言えない
空気が 漂っていますね。

私達 ヘルスケア従事者は、「すべての 人が その人らしく
生を まっとうすること」を サポートする 仕事だと 考えて
その命に 優劣を つけることなく、
心を 寄せて 仕事を していきたいと 思います。

さて、後半で 「やさしい行動」について キムさんが 話しておられました。

以前、私が「国際救援看護師」に なりたいと 
訓練に 参加していたことを 書きました。
その時に ロンドンでの 爆弾テロでの 救援活動の 報告を 
聞いたことが ありました。

重傷者の 救援も 大変だったとの ことでしたが、
軽症者の 誘導も 大変 困難だったとの ことでした。

それは、まず 人々が パニックに なっていて、
コミュニケーション能力が 低下していること、
そして、爆風で 鼓膜が 破れ、
耳が 聞こえなくなっている 人が 
沢山 発生していたことによるとの ことでした。

イギリスは、Plain-languageの 発祥の地でも あります。
Plain-languageとは、専門用語を 排除して、
短い 能動態の 文章で 表記する というものです。

パニックに なっている人たちや 耳が 急に 聞こえなくなった人に
このPlain-languageが とても 有効だったと 聞きました。

アメリカでは、すべての 公共情報を Plain-languageで 表記するというのが
法律に なっています。

知的能力が 高い人には、一瞬で 情報が 伝わり、
情報収集時間も 短縮できる。
教育レベルが 低い 人達(子どもや 高齢者を 含む)人達にも
情報が 伝わる。
英語を 第二言語として 使用する 人達にも 情報が 伝わる。
英語を 理解できない人には、Plain-languageで 表記されたものを
当該母国語に 翻訳して 提供する。
専門用語が ないことと、文法が 単純であるために、翻訳も
スムーズで 速やかに 対応できる。
すべての 人が 誤解なく 情報を 共有することで、
問い合わせも 少なくなり、問い合わせの 為の オペレーターを
減らすことが できる。
さらに 文章が 短いために 必要な 紙、印刷、郵送料なども削減でき、
経済効果も 生まれたとの ことでした。

すべての 人にとって ウィンウィンな Plain-languageに
「やさしい日本語」は、極めて 似ていると 私は 考えています。

今回の 放送では、マイノリティの 置かれている 社会的背景と
Plain-languageについて 考えさせて いただきました。

次回も キム・チアキさんの お話しが 続きます。
なかなか、現場の 当時の お話しを お聞きする 機会は ありません。
貴重な 放送に 触れることが できたことに 感謝して、
書き起こしを 続けていきます。

では、また。






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by yasashiinurse | 2017-06-17 15:03 | ラジオ講座「やさしい日本語」 | Comments(1)
今回は、第9回放送から「阪神淡路大震災から生まれた『やさしい日本語』」です。
音声はこちらから

岡山県県民生活部国際課のホームページにある
ラジオ放送「やさしい日本語講座」全20回
から
紹介しています。

この放送は、2014年11月から2015年3月まで
エフエム岡山「Fresh Morning Okayma」
放送されたものだそうです。

1回約15分です。

岡山県県民生活部国際課さまより、
音声ファイルの書き起こしと個人の非営利ブログ上の公開の
許可をいただきました。ありがとうございます。
(商用転用は不可です。皆様のご理解をお願いします。)


黒字は DJ森田恵子さん
赤字は ゲストの キム・チアキ(FMわぃわぃ)さん

今回は、放送はじめのイントロダクションの途中から
書き起こします。
では、どうぞ。

-----
「やさしい日本語」とは、外国人も わかりやすい
普通の 日本語よりも 簡単な 日本語のこと。
一般的に 日本語検定 3級から 4級レベルの 日本語で
小学校3年生ぐらいの 子どもが 理解できる 日本語のことです。

これは、地震などの 災害が 起こった時に 
とても 有効な 言葉でも あります。
95年1月17日に 発生した 阪神淡路大震災では
日本人だけでなく 日本にいた 多くの 外国人も 被害を うけました。

その中には 日本語も 英語も 十分に 理解できず
必要な 情報を 受け取ることが できない 人も いました。

そこで、彼らが 災害発生時に 適切な 行動を とれるように
考え出されたのが 「やさしい日本語」なのです。

1月17日 阪神淡路大震災から 20年を 迎えます。
大災害が 発生した時、日本で 暮らす 外国人の 方達に
どんな 問題が 起きたのか、
その時、私達は 何を するべきなのかを 考えてみたいと 思います。

本日の ゲストは 神戸市 長田区に あります
多文化・多言語コミュニティ放送局 「FMわぃわぃ」の
総合プロデューサー キム・チアキさんです。
キムさん、よろしくお願いします。

よろしくお願いいたします。

キムさんは、FMわぃわぃで 総合プロデューサーとして
仕事を していらっしゃるんですね。

そんな、すごい 名前が ついているんですけれども、
総合っていうのは、「なんでもやさん」という 意味に 
とっていただけたらと 思います。

はい、どんな役割でも 率先して おやりになっている キム・チアキさん。
神戸市生まれで 神戸で お育ちに なったんですね。

そうです。

95年に 発生した 阪神淡路大震災で
それ以降、ボランティアから この お仕事を 始められて
20年に なるという 節目の 年でも ありますね。

そうですね。1995年から 放送を 開始して
機材っていうのが 壊れるっていうのも 知ったという
部署ですね。

そうなんですね。
FMわぃわぃというのは、FMの 後の わぃわぃは
ひらがなで わぃわぃですよね。

はい。あの、「い」が 小っちゃいんです。
わぃわぃ。

わぃわぃなんですね。

はい。

これは、多文化・多言語コミュニティの 放送局ということで
世界の どのぐらいの 言語を 扱っているんですか?

10言語って いうふうに 言っているんですけども、
もちろん 英語とか、いろいろな 国々の 人が 使う 英語。
スペイン語っていうのは、南米でも スペインでも 使うということで、
何か国語では なくって、言語っていう 言い方を しているのと
アイヌの 言葉も 入れてみたりとか、
沖縄とか 奄美とか それぞれの 言葉、
また、私達は 関西弁を 使います、神戸弁を 使いますので
いろいろな 言葉という 意味で 捉えていただくと うれしいです。

いろいろな言葉 10言語で
神戸 長田から 放送を しています。
1995年、阪神淡路大震災の 発生後から 始まった FMわぃわぃの 活動です。
改めて どのように スタートしたんでしょうか?

これはですね 今は 2011年3.11が 起こった 時なんかにも
神戸の 阪神淡路大震災っていうことを 踏まえて 
様々なことが されるように なったんですが、
関東大震災から後、大都会で 起こる 
そんな 大きな 都会ではないですけれども
確かに 都市で 起こった 初めての 地震、激震ということで
県庁所在地 あるいは 市役所も つぶれっていうことで
街が 壊れてしまったっていう 実感した 次第なんですけれども
街の 壊れ方っていうのは 例えば、
今 私達は 電話で お話ししてますよね、
で、エアコンの 効いてる 場所に いるっていうことなんですが、
電気が こんなに 自分たちの 生活の 中で
いろいろな ところに あるんだっていうのを
初めて 実感し 真っ暗な 中でとか
水が 出ないとか、自動ドアは 開かないとか
エレベーターが 使えないとか
学校なんかでも 避難所に なるっていうのは 
皆さん ご存じでしょうが、学校の 職員室の 前には
自動の シャッターが 降りてて、
それを 開けることが できないっていうような
ですから、学校の 先生たちが すぐさま 避難所に しようと
いつもは ボタン一つで 開く その シャッターを どうやって
開けるのかっていうのが わからないという
本当に 手足を もがれたような 状況に なったっていうことですよね。

本当に そういう 状況の 中で 当然の ことながら
多くの 被害者・犠牲者を 出し、
そして、神戸は もちろんのこと 長田に 住む 外国の 方々が
本当に 大変な 思いを なさったというふうに お聞きしています。

もちろんですね、神戸市っていうのは 港ですから
沢山の 外国人が 住んでいる、
また 長田っていうのは 難民として やってきている 
ボートピープルの 人達も いるとか、
あるいは、もともと 在日コリアンが 靴の町 ケミカルの町っていうのを
していたので、外国人が 多いっていうのは 知っているんですよね。
知っているんですけれど、その人たちに 日本の 中の 情報が
どのように 届けられているのかっていうのには 
全く 思いが 至っていなかった。
だから、在日コリアンは 歴史が 長いので、
避難所に 行くことも 知っていれば、
あるいは、こういうふうに すれば、
警察が 来て 情報も 来てっていうのが 知っていたとしても、
ボートピープルで 現在は かなり 長い 歴史に なっていますが
その 当時、20年前だったら 本当に 日本語も 解らないし、
それから 日本の 防災システムが どうなっているのかも 全く 解らない
人達が、また 自衛隊の 迷彩服を 見たら、
暴動だとか 戦争が 起こったとか、そんなふうに
戦争で 逃げてきた 人、紛争で 逃げてきた 人っていうのは
そういうものを 見れば、大きな メガホンで 言っていたら
「これは 絶対 戦争とか 紛争が 起こった」と 思ったっていうことも
聞いています。

ということは、本当に 国籍に よって
その人たちが それまで 体験してきたことが
今 起きていることに 重ね合わせて 考えるわけですから
本当に 混乱した 状態であった。

大混乱ですね。

日本人も かなり 混乱した この 阪神淡路大震災の 中で
外国籍の 方の 混乱というのは、情報が きちんと 届かないということで
本当に 大変な 不自由さが あったんですね。

-----
いかがでしたか?

「やさしい日本語」を 開発する 発端となった 阪神淡路大震災の
当時の 様子を 生々しく お話しくださり、
貴重な お話しと、ボートピープルの 人達の 混乱など
心痛む 背景を 持った 方達への 視点など
今まで 自分に 欠けていた 視点を いただき、
鳥肌が 立ちながら 書き起こしました。

まだ 第9回の 放送は 半ばです。
まだまだ、生々しい お話しが 続きます。
心を 寄せ続けて、貴重な お話しを 伺おうと 思います。

次回は 後半を 書き起こします。

では、また。


最後までお読みいただきありがとうございました。
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by yasashiinurse | 2017-06-16 22:50 | ラジオ講座「やさしい日本語」 | Comments(0)